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コミンテルンの謀略と日本の敗戦

 投稿者:Yoji  投稿日:2017年 8月19日(土)11時47分47秒
  >日清・日露の勝因は「政治と軍の連携がうまくいった」からだが
大東亜戦争では不一致という齟齬が、状況をいっそう悪くした

江崎道朗『コミンテルンの謀略と日本の敗戦』(PHP新書)

 コミンテルンは世界共産革命をおこす陰謀の中心センターだった。
ソ連としては、敵のエネルギーを消耗させ、疲労困憊させて意欲を失わしめ、
その隙を狙うのである。

したがって日米英を戦わせるという世紀の大謀略に、アメリカも英国も、
そして日本も騙され、振り回され、しかも第二次世界大戦を終わってみれば、
中央ヨーロッパは赤化され、中国も共産党の独裁体制となり、戦後はアジア
諸国にターゲットが絞られ、ベトナム、ラオス、カンボジアが赤化した。

 結局は誰の責任か?

ルーズベルトより前に江崎氏はウィルソンをあげる。

人種差別反対を叫んだ日本の主張を退けたのはウィルソン政権だった。
そのうえ、日本の知識人は社会正義、不平等撤廃という名状しがたい「正義」
のテーゼがあり、ウィルソンを敵視した。

日本に於けるメディア工作と大学教授等が、そういうムードをつくったのだが、
「当時の日本のエリート達から見て、憎らしく、迷惑この上なかったのが、
アメリカのウィルソン大統領であり、レーニンとソ連はむしろ、そのウィルソンを
牽制するような存在だった」(142p)。

それゆえ、日本では左翼が強くなった。
しかも近衛文麿内閣は優柔不断、日本の進路を誤らせた。近衛自身が語ったように、
かれは「二重人格者」だった。

 その近衛内閣のブレーンが集まるのが昭和研究会。ここに朝日新聞記者の尾崎が、
愛国者の仮面をつけて紛れ込んだ。いやそればかりか昭和研究会の意見をリードした。
尾崎はゾルゲの配下にあってコミンテルンのスパイだった。

 中国では1921年に共産党が陳独秀によって創立され、しかもそのメンバーが
来日して、「堺利彦らに対して、旅費を出すから翌年一月にモスクワで開催される
極東民族大会へ出席するよう要請した。これに応え、日本から徳田球一らが極東民族
大会に出席、その後に日本共産党がつくられることとなった。(中略)
日本共産党は、コミンテルンの指示を受けた中国共産党の指揮下で結成された
のである」(148p)

 コミンテルンの主張が、なぜ易々と日本に浸透できたのか。
 それがいちばんの謎であった。

 本書で江崎氏はコミンテルン成立以前の、レーニンの生い立ちから説き起こし、
ソ連成立前史にも焦点を当てる。なぜレーニンが台頭し、しかもボルシェビキを
中核とする暴力謀略集団が、多数派のメンシェビキを粉砕し、資本家とブルジョア
階級を根こそぎ粛清してしまったのか、その謀略の淵源、その謀略が好きなかれらの
体質の本質にあるものとはいったい何かを諄々と説き起こしている。

 戦前、日本帝国陸軍にもコミンテルンの細胞は浸透していた。大学の知性は失われて、
共産主義礼讃の思想が猖獗を極めた。

 本書は、そうした裏面史を巧みな例証と早い筆致で綴る。

 次の指摘も重要である。すなわち日清・日露の勝因は「政治と軍の連携がうまくいった」
からだが、大東亜戦争では不一致という齟齬が、状況をいっそう悪くしたのだと分析する
のである(320p)。

 さて読み終えて考えたのは、現代日本である。メディアはまるで戦前のコミンテルン
の秘密指令でもあるかのように、面妖で謀略的な論調を掲げて日本を奈落の底へ突き落
とそうとしている。

 対応する政治家の感覚は鈍く、全体的に戦う保守の力は弱く、共産主義の謀略にあっけ
ないほどに団結しない。これはアメリカも同じであるが、危機意識の欠乏こそが次の危機
を産むのである。

 レーニンは「5%の組織された人間が残り95%を支配する」と言い、毛沢東もこれ
にならった。しかし5%ではなく1%でもよいのである。

 「確信を持った一人の人間は、単に利害関係の実を有する99人に匹敵し得る社会的な
力である」(ジョン・スチュワート・ミル)。

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成29年(2017)8月19日(土曜日)
通巻第5399号
http://melma.com/backnumber_45206_6571230/

江崎 道朗『コミンテルンの謀略と日本の敗戦』(PHP新書)
https://www.amazon.co.jp/dp/4569836542/ref=wl_it_dp_o_pC_nS_ttl?_encoding=UTF8&colid=ECVWZBMFA82P&coliid=IRMTABOSZAKWN




http://yusan.sakura.ne.jp/library/china_kousaku/

 
 

中曽根、福田、前川そして千野

 投稿者:愛国主義者  投稿日:2017年 8月16日(水)10時53分9秒
  昨日、靖国神社に参拝された方々、おつかれさまでした。
昨日は、この時期には珍しく、雨が降っておりました。
気温は低くなっており、例年とは参拝もしやすかったのかと
感じております。

靖国参拝に関しましては、総理大臣の参拝が行われない都市が続いております。
この原因を作り出したのが、中曽根康弘。この男が中国という独裁国家に
無用の配慮をしたことが、今日まで総理大臣が靖国神社を参拝し無くなった
元をつくった張本人。許しがたいの一言ですが、改めて中曽根家を観察すると、

注目すべき『家系図』が浮かび上がりました。

昨今話題になった、『援交エロ事務次官』こと前川喜平は、中曽根の息子である
中曽根弘文の妹の夫になっていますが、ほかに中曽根家と福田赳夫の一家とも
親戚筋に当たります。

そして一番驚いたのは、今から4年ほど前に人身事故をおこして『人をひき殺した』
『殺人犯』である、もと女子アナ『千野志麻』と、この福田家の縁者が結婚した
事実。さらに、ひき逃げ事故を起こしていたにもかかわらず、略式起訴で罰金
『100万円』で釈放されており、逮捕もされていないという事。

何が華麗なる一族なのでしょうか?

後にも先にも、総理大臣が靖国神社に立ち寄れない原因を作り、無能な総理として1年程度で
総理大臣の重職を放り投げ、かたや『面従腹背の国賊官僚』、はては『人殺しの女子アナ』
がいる一家眷族。

ろくでもない連中が、日本の上層部に巣食っていた。
こういう連中をのさばらせてはいけないね。
大家族が少なくなり、核家族が増え、親戚づき合い
も無くなり、親戚に対する関心も薄れてきた昨今ではありますが、
中曽根、福田、前川、千野志麻・・・・すべてが闇でつながっていました。

こいつらのしてきたことで、なにか日本に有益なことでもあったんですかね?
 

>中川八洋の異様さ

 投稿者:Yoji  投稿日:2017年 8月 7日(月)22時36分15秒
  なるほど八洋ってそういう人物だったのですね。
よくわ分かりました。ありがとうございました。

初期のころの「正統ということ」だったかでちょっと注目していた人物でしたけどね。
まあ、一種のキ○ガイのようですね。






http://yusan.sakura.ne.jp/library/china_kousaku/

 

中川八洋の異様さ

 投稿者:愛国主義者  投稿日:2017年 8月 7日(月)20時37分10秒
  セオドア・ルーズベルトを親日、ケネディを名演説家、さらに原爆投下を命令した
トルーマンを大東亜戦争から解放してくれた「救世主」のように見なしているが、
この「対米観」いささか異様ではあるまいか?

セオドア・ルーズベルトは日露戦争の当初こそ「親日っぽい」態度で接
してはいたが、のちに反日外交に転じており、後々の日米戦争の遠因を作っている。

ケネディが名演説家であるのと、名政治家であることは別儀である。
行わなくてもいい、ベトナム戦争は泥沼化し米国は敗戦。おまけに
自分自身は無様に公衆の面前での暗殺。

このベトナム戦争の敗北が原因で、のちに米国は中国と手を握り「ニクソン・ショック」
を起こして、同盟国を裏切っている。自分の都合が悪ければ自分たちの主義主張も
簡単に変えることができる国。それが米国。


当時、敗北が決定的になっていた大日本国帝国に対して、現場の軍人が反対するに
も拘わらず、当時のソビエトに優越せんがために広島と長崎に原爆を投下した。
人種差別に基づく、原爆の威力を確認するための人体実験ともいえる投下だと
指摘され始めている。


そんな米国をブラック・ジョークなのか誉めそやしている中川八洋・筑波大学名誉教授。
我が国の国民を大量殺傷した米国がそんなに素敵に見えるんですかね?
自分こそ共産主義者では???

皇室の将来を憂えているのは理解できるとしても、
共産主義者が造語した「天皇制」という言葉をやたらに使うのはなぜ?
「国体」「御皇室』で十分ではあるまいか??
 

学者馬鹿ならぬ、馬鹿学者

 投稿者:愛国主義者  投稿日:2017年 8月 7日(月)19時10分21秒
  Yoji様

ご返信ありがとうございます。

質問の件ですが、限りなく見つけるのは難しそうですね。
かつて、自分と対談し共著をだした故・渡部昇一氏に対しても、
何やら「自称民族派の朝日チルドレン」と罵りあげているのですから、
自分の気分次第でコロコロ変わるんじゃ人ですかね?

保守主義を標榜する割には「天皇制度」という単語をやたら
使用していることに、強い違和感を覚えるのですが、彼は夢中になると
何かが見えなくなるのかもしれません。  
 

>中川八洋氏の正論と机上論

 投稿者:Yoji  投稿日:2017年 8月 7日(月)09時05分32秒
  愛国主義者さん、
中川八洋ってあらゆる人を極左だと罵るのでどこからも相手にされていないような
感じを受けるのですが、彼が誉めるというか認める人物ってありますか。




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中川八洋氏の正論と机上論

 投稿者:愛国主義者  投稿日:2017年 8月 6日(日)18時46分55秒
  国を憂い過ぎるために、言葉も過激になるのだろう。

だが安倍総理や八木教授、桜井よしこ女史などを
感情的に、誹謗するのは筑波大学名誉教授として
いかがなものだろうか?

共産主義者を激しく糾弾する姿勢はいいとしても、
度々文中で「天皇制度」という ことばを平然と使用している。

はて?戦前は確か「国体」とお呼びしていたはずだが・・・
どうして「共産主義者」が造語したとされる
「天皇制、天皇制度」と言葉を多用するのか?

皇室に対して不敬な言動があるので不敬罪の復活をと述べる。
かねがね同調したいが、現状でいきなりの不敬罪の復活は
難しかろう、むしろご自身が不敬なる人間を
名誉棄損で訴えればいいのに、それはあまりしていないような????気のせいですかね?

特に「反天連」に対して結社・活動の禁止位
主張してもよさそうなのに。

GHQに対しても批判していたはずなのに、
自分の敵視する元産経新聞編集者に対しては平然と
「A級戦犯」という言葉を使用して、
攻撃するその姿勢は真正・保守といえるのか??

他人の揚げ足を取り、安倍総理を保守の立場でありながら、
背後から誹謗するのは、果たしていいのだろか?安倍総理以上の
愛国的・保守派政治家はほかに誰かいるのか?教えていただきたいくらいだ。

木乃伊取りが木乃伊になる、もちろん彼が
反日勢力に組みしている訳ではないが、
昨今は産経新聞を廃止しろとか、WILLを潰せだの、
安倍総理や氏の気に入らない保守派を攻撃されているが、
結論から言うと左翼を利しているのではないか?

そのくせ「SAPIO」を潰せという言葉は聞いたためしがない。
小林よしのりに対する批判はしているようだが・・・・

氏の御意見も正論といえようが、距離を置いてみれば「学者の机上の空論」
にしか過ぎない。そもそもそこまで、御託をHPでのたまう暇があるなら、
自分で政党でも作ったらどうなのか?だから所詮は学者の意見に過ぎないとみれる。
 

日本解放第二期工作要綱

 投稿者:Yoji  投稿日:2017年 8月 2日(水)10時22分49秒
  信憑性がない怪文書としてマスメディアから巧妙に静かに消されてしまった
「日本解放第二期工作要綱 中国共産党」。

あれから数十年。気づけばこの解放工作はひたひたと足元に忍び寄っていた。
恐怖の時は間近に迫っている。起死回生の逆転は可能なのか不可能か?日本人よ!


日本解放第二期工作要綱
中国共産党
http://yusan.sakura.ne.jp/library/china_kousaku/

A-1.基本戦略

 我が党は日本解放の当面の基本戦略は、日本が現在保有している国力の全てを、
我が党の支配下に置き、我が党の世界解放戦に奉仕せしめることにある。

A-2.解放工作組の任務

 日本の平和解放は、下の3段階を経て達成する。

 イ.我が国との国交正常化(第一期工作の目標)

 口.民主連合政府の形成(第二期工作の目標)

 ハ.日本人民民主共和国の樹立 ・・天皇を戦犯の首魁として処刑(第三期工作の目標)

 田中内閣の成立以降の日本解放第二期工作組の任務は、上の第口項、
 即ち「民主連合政府の形成」の準備工作を完成することにある。

A-3.任務達成の手段

 本工作組の任務は、工作員が個別に対象者に接触して、所定の言動を、
その対象者に行わしめることによって達成される。即ち、工作者は最終行動者
ではなく、隠れた使喉者、見えざる指揮者であらねばならない。
以下に示す要領は、全て対象者になさしめる言動の原則を示すものである。

本工作の成否は、終始、秘密を保持しうるかどうかに懸かっている。
よって、工作員全員の日本入国身分の偽装、並びに工作上の秘密保持方法については、
別途に細則を以て指示する。


駐日大使館開設と同時になされなければならないのは、全日本人に中国への
好感、親近感を抱かせるという、群衆掌握の心理戦である。好感、親近感を
抱かせる目的は、我が党、我が国への警戒心を無意識の内に捨て去らせる
ことにある。

これは日本解放工作成功の絶好の温床となると共に、一部の日本人反動
極右分子が発する

 「中共を警戒せよ!日本支配の謀略をやっている」

との呼び掛けを一笑に付し、反動極右はますます孤立するという、
二重の効果を生むものである。

 この為に、以下の各項を速やかに、且つ継続的に実施する。

http://yusan.sakura.ne.jp/library/china_kousaku/








http://yusan.sakura.ne.jp/library/china_kousaku/

 

こぞって反安倍の不気味さ

 投稿者:Yoji  投稿日:2017年 7月28日(金)09時40分8秒
  大なり小なり日本のマスメディアに共通すること↓

○『TBSが在日韓国・朝鮮人に乗っ取られた経緯』
(http://blog.livedoor.jp/remmikki/archives/4714935.html
○『背乗り』(https://matome.naver.jp/odai/2138268637448259301
https://samurai20.jp/2014/09/comfortgirl-5/
○『貴方は、TBSが朝鮮人に乗っ取られた事実を知っていますか?』
(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11159912016?query=%E7%84%A1%E8%A9%A6%E9%A8%93%E5%85%A5%E7%A4%BE+%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%83%A1%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2&status=solved

https://youtu.be/bQA6L37rPHM

 

21世紀は民主主義の敗北

 投稿者:愛国主義者  投稿日:2017年 7月20日(木)19時36分4秒
  「劉暁波氏の死去」にみる西側と中国それぞれの変化:「国際世論」のパワーバランス


六辻彰二  | 国際政治学者


7/18(火) 9:35

7月13日、中国の作家で人権運動家の劉暁波氏が死亡したニュースが世界を巡りました。

劉氏は天安門事件を主導した、中国の民主化運動を象徴する存在。末期の肝ガンの合併症により、当局の監視下にある病院で死亡しました。その死が民主化運動を活発化させることを警戒したのか、中国国営の新華社は葬儀や散骨の様子を報道。故人の尊厳が守られていると印象付けようとしています。

劉氏の死去は、民主化運動に対する中国当局の警戒感を改めて浮き彫りにしたといえますが、その一方で、はからずも、天安門事件の頃と比べて、中国および世界の状況が変化したことをも明らかにしました。そこからは、天安門事件をきっかけに形作られた「冷戦後の世界」が終わりつつあることを見出せるのです。

中国のマンデラ、劉暁波

まず、劉暁波氏について、簡単に確認します。

先述の通り、劉氏は1989年の天安門事件で主導的な役割を果たしましたが、その後も共産党体制を批判する言論活動を展開。度々、逮捕・投獄されながらも、2008年には有識者300名以上が署名した「08憲章」を起草。これは共産党一党体制を批判し、民主化を求める内容だったため、劉氏は即時逮捕されたのです。

翌2009年、劉氏は国家政権転覆扇動罪で有罪判決を受け、懲役11年の刑に処されました。しかし、2010年には獄中でノーベル平和賞を受賞。これに中国政府は強い反感を示しました。

結局、獄中の劉氏は授賞式に出席できませんでしたが、そのスピーチ原稿には「私に敵はいない」という一文がありました。これは、白人支配のもとにあった南アフリカで、白人政権に抵抗したネルソン・マンデラが27年間の投獄生活を経験し、そのうえで「全てを赦す」境地にたどり着き、人種間の融和を目指すに至ったことを思い起こさせるエピソードです。

1989年との異同

劉暁波氏をめぐっては、天安門事件の頃から、西側と中国の間に小さくない対立がありました。その存命中から、メディアや人権団体を中心に、西側は劉氏を「民主化の闘士」と位置づけられてきました。これに対して、中国当局は彼を「犯罪者」と呼び、「人権侵害」を批判する海外に対しては「国内問題」や「内政不干渉」を強調してきました。

この構図は、香港の民主化問題だけでなく、チベットや新疆ウイグル自治区での少数民族の弾圧をめぐるものと、ほぼ同じです。しかし、これら特定の区域の自治権に関わる問題と比べても、劉氏や08憲章の場合、共産党体制そのものに関わるものであるだけに、この構図が鮮明だったといえます。

その一方で、劉氏の死去に関しては、天安門事件の頃からの変化も見出すことができます。そこには、以下の二つのポイントがあります。
?西側先進国が「民主主義の宣教師」として振る舞うのを控え始めたこと
?中国が「国際世論」への働きかけを強めていること

民主主義の外圧

このうち、まず第1点目について。

冷戦の事実上の勝者となった後、西側先進国、なかでも欧米諸国では、冷戦時代には「西側のもの」だった自由や民主主義への自信が深まり、これらが「全世界で採用されるべきもの」と捉え直されるに至りました。その結果、冷戦後の西側先進国には、相手国の人権問題などを理由に、経済制裁などを行うことが目立つようになったのです。

天安門事件は、その大きな転換点となったものでした。冷戦終結を決定づけた、1989年12月のマルタ会談より半年ほど早く、同年6月に発生した天安門事件を受け、西側各国は助停止や取引制限などを実施。その結果、1988年に11.2パーセントだった中国のGDP成長率は、1990年には3.9パーセントにまで低下(世界銀行)。民主化運動を力ずくで抑え込んだ中国政府は、高い代償を支払うことになったのです。

西側諸国の強い反応は、各国メディアが、当時実用化され始めていた衛星中継を用いて、天安門広場の様子を世界に広く伝えたことで後押しされました。天安門事件後の西側は、自由と民主主義の旗のもと、朝野をあげて中国への制裁に向かったといえます。

その翌1990年、米英仏など主な西側先進国はそれぞれ、相手国の人権保護や民主化の促進を、援助の条件にすることを宣言し、「自由と民主主義に基づく国際秩序」を目指す方針を鮮明にしたのです。

西側先進国の「沈黙」

ところが、今回の劉暁波氏の死去では、状況が異なります。西側では、メディアと国際人権団体が「自由と民主主義の観点から」中国当局に批判的なメッセージを発しており、欧米諸国政府からもコメントがないわけではありません。例えば、英国のジョンソン外相は「劉氏を海外で治療を受けさせるべきだった」という声明を発表しています。

しかし、それ以上の踏み込んだ中国批判を行う政府は皆無で、7月14日にパリで行われた仏米首脳会談でも、マクロン、トランプ両氏ともに劉氏を讃えながらも、中国政府への直接的な批判は出ていません。

「宣教師」の現実的判断

そこには、大きく二つの要因があげられます。

第一に、中国の影響力が28年前とは比べ物にならないことです。1989年当時、GDPで中国は世界第11位(世界銀行)。改革・開放のさなか、急激に経済成長しつつあったとはいえ、いまだ先進国から大規模に援助を受ける身でした。

これに対して、GDP世界第2位となった現代の中国は、その資金力によって先進国にも大きな影響力を持つに至っています。経済制裁は「両刃の剣」であり、制裁を行う側にも大きなダメージをともないます。相手が経済力で大きければ、尚更です。

とりわけ、ヨーロッパ諸国の間には、中国主導のアジア・インフラ投資銀行や「一帯一路」構想への期待感もあります。一方、米国トランプ政権にとっても、中国との貿易問題は重要課題の一つ。北朝鮮への制裁をめぐり、中国がキープレイヤーとなる状況は、これに拍車をかけています。

劉暁波氏の死に関する西側先進国の対応は、よほど自らにとっての死活的な利益が関わらない限り、天安門事件当時のように中国に制裁を行うことが、もはやほとんどあり得ないことを示したといえます。

傷だらけの「自由と民主主義」

第二に、西側の自由や民主主義そのものが、かつてほど「ブランド力」を持ち得なくなっていることです。

何かの考え方を強制する場合、相手によって態度を変えては、説得力は生まれません。もともと、西側先進国の民主化要求には、(先進国が多くの石油を調達している専制君主国家サウジアラビアなど)外交関係が良好な国は大目にみるといった二重基準(ダブルスタンダード)が鮮明で、それが「自由と民主主義」に対する開発途上国の信頼を低下させてきました。

これに加えて、相手に求める考え方を、自分自身が文句なく実践できなければ、やはり説得力は生まれません。ところが、近年では先進国の内部でも、「自由と民主主義の劣化」が目立ちます。トランプ現象や英国のEU離脱に象徴される、西側先進国におけるポピュリズムの蔓延は、情報化が進む現在、開発途上国を含む世界各国に広く伝えられており、これも「自由と民主主義」のブランド力を引き下げています。

2017年6月1日にワシントンポスト紙に掲載されたインタビューで、あるロシアの高官が「ロシアゲート」事件をめぐる「ワシントンの狂騒」を嗤い、「私は君らの大統領が我が国にくることを決して好まないが、君らのシステムがもっとましな代表を選べないのであれば、是非もない」と発言したことは、その象徴です。

つまり、現在の先進国が「自由と民主主義」を唱えても、そこにかつてほどの影響力を期待できないばかりか、逆に恥をかくことにもなりかねないのです。「自由と民主主義」そのものが傷だらけの状況は、先進国政府が劉氏に関して、「物言えば唇寒し」という反応にならざるを得ない、もう一つの背景といえるでしょう。

中国の「国際世論」対策

これに対して、中国に目を向けると、共産党体制を脅かす者を容赦なく取り締まり、当局に都合の悪い情報を遮断しようとする点では何も変化がない一方で、1989年当時と比較した変化をみてとれます。今回の場合、それは主に「国際世論」への対策にうかがえます。

例えば、7月11日、中国政府につながるサイトで、病院で劉暁波氏の治療にあたる外国人医師の様子がリークされました。そのなかで、外国人医師らは劉氏に精一杯の治療をしている旨の発言をしています。

天安門事件の頃、中国政府は事件の全貌を海外に公開することさえほとんどなく、西側メディアのカメラが捉えた出来事そのものが、まるでなかったかのように扱おうとしました。それと比べると、今回のリークは例え「グロテスクなプロパガンダ」だったとしても、少なくとも「政治犯をも人道的に取り扱っている」というアリバイ工作にはなりました。

つまり、天安門事件の頃と異なり、劉氏の場合、中国当局は「都合の悪い情報」をひたすら隠そうとするのではなく、それを「宣伝材料」に流用する手法を用いたといえます。ただし、「政府が白というものは全て白」といった中国式プロパガンダが、かえって西側諸国の不信感を招くこと自体は避けられません。

第三者への働きかけ

次に、西側以外の国へのアプローチです。

中国政府からみると、天安門事件の頃、中国の国際的な情報発信力が低かったことが、「西側メディアによる中国イメージの悪化」を許したと映ります。そのため、中国は2000年代半ばから、開発途上国を中心に、新華社通信や中国中央電視台(CCTV)の進出を促し、中国メディアからの情報提供を進めてきました。

その結果、例えば新華社は、2011年までにニューヨークのタイムズ・スクウェアをはじめ、世界に100ヵ所以上にオフィスを構え、8ヵ国語での情報発信を始めています。これは、西側メディアによって握られてきた「国際世論」の分野で、影響力を拡大させる取り組みといえます。

この状況は、劉氏の死去に関しても同様です。例えば、中国の進出が目立つアフリカで、50紙以上と最も新聞の数の多い国の一つである南アフリカで、劉氏の死亡が伝えられたのは、筆者が確認できた範囲で10紙にとどまりました。開発途上国では、従来ロイターやAFPなど西側の通信社から記事を購入していたメディア企業が、料金の安さもあって新華社に乗り換えることは珍しくありません。つまり、中国の働きかけにより、中国に都合の悪い情報は、以前ほど国際的に伝わりにくくなっているといえます。

こうしてみたとき、天安門事件の頃と現代を比べると、中国と西側先進国の基本的な立場に大きな変化はなくとも、状況によって行動パターンに変化が生まれていることが分かります。国際的な言説や意見を左右する力(ソフトパワー)は、いわゆる国力の一部です。

劉暁波氏の死去は、はからずも中国の国力が天安門事件の頃より格段に大きくなっていることだけでなく、西側先進国のブランド力が、もはや覆い隠せないところまで落ちていることをも浮き彫りにしたといえます。中国をはじめとする新興国の台頭に直面するなか、それらに影響力を行使しようとするなら、西側先進国は軍事力や経済力だけでなく、「言説の力」の再構築に迫られているといえるでしょう。
 

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