バブル消滅の危機
組織をあげて池田の神格化を推し進めてきたことが、かえってあだになろうとしている。
池田の存在が実像を離れてはるかに大きなものになっただけに、その不在は取り返しのつかない事態を生もうとしている。
そして、神格化が、実は虚像化であり、水増しにすぎないことが明らかになれば、池田に対する関心自体失せてゆく。戸田が偉大な指導者として崇められてきたのも、池田の小説『人間革命』があってのことである。池田が戸田を師として崇めることで、戸田の地位は高まった。もし、それがなければ、戸田は、最終的には必ずしも成功を得られなかった実業家であり、酒を飲まなければ演説もできないアル中にすぎなくなってしまう。
池田の死後、その評価を維持するためには、評価し続ける人間が必要である。それができるのは、池田から全幅の信頼を寄せられた一番弟子意外にはありえない。その一番弟子が存在しない以上、池田への評価は徐々に下がっていかざるを得ない。
池田の死後、創価学会の会員は、そして創価学会の組織は、池田の存在がいかに大きなものであったのかを改めて認識することだろう。だが、そのときには風船のようにふくらんだ池田の偉大さは、すでに消えかかっている。池田という存在は、実はバブルだったのではないか。創価学会の組織が虚像化によって懸命にふくらまし、池田自身がそれを演じることで保たれてきたバブルは、一瞬にして消滅してしまうかもしれないのである。
アハハハ、バブルは消える運命なのである。
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